「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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田中 作子 (たなか さくこ)

<経歴>

東京在住。

詩集『二枚の布』、『形のまま』、『奈良の寺』、『空を見上げて』、『吉野夕景』

歌集『小庭の四季』『小庭の四季』。

日本現代詩人会会員。

「舟」同人。

「コールサック」に寄稿。

<詩作品>


吉野夕景




東南院多宝塔のしだれ桜は
五分咲き程であった
白いちいさな吉野の桜にはまだ早い


吉水神社前から見降す一目千本は
桜と墓が段々と重なる花の谷
浅い春のように
さむざむと眠る花の谷
満開の花にはまだとおい



峰から峰へつづく桜の中の幻
きらきらと輝く鎧武者の列
大海人の皇子
源義経
後醍醐天皇
大塔宮(護良親王)
何故か骨肉の争いの中で
この山を出て行く


四度目の吉野は
胸の中を吹き抜ける風が冷たい
吉野山は子の国と言い
生死の別れの国という意味と聞く
くもりガラスのような
夕まぐれの谷が
刻一刻と暗くなってゆく


*吉野の桜は主にシロヤマザクラと言う



吉野旅情



毎年三月になると
嵯峨信之先生を囲んでの吉野の旅を思う
東南院のしだれ桜が私達を迎えてくれた
春と言っても三月末の山はまだ寒い
しっとりと咲く夜のしだれ桜の中
東京からの私達と
関西のアリゼの方々が一緒になった


一夜を共に過すだけなのに
ただそれだけで嬉しい旅
幾年経っても思い出す出逢いのよろこび


真向いの売店に並ぶ吉野のおみやげ
桜の花の入ったくず湯や
ようかん 柿の葉ずし
桜細工に杖や数珠
そして吉野雛
吉野雛は王朝の名残りを思わせる
土で作られた簡素な立雛
彩色も落着いている
この地の人々は今も
歴史の中に生きていた


私達は予備知識もないまま
嵯峨先生と先生方のお供をして歩いた
修験道の金峯山寺の蔵王堂(国宝)
後醍醐天皇の行宮となった
吉水院や勝手神社
熱心に御覧になって居られた嵯峨先生


数人の友達と如意輪寺や
後醍醐天皇陵 金峯神社を詣で
西行庵まで山中の細い道を歩く
杉や桧の落葉が重なる湿った山道
鳥の声もなく鳥影もない
木の実も落ちていない寂しい山


楓の木が見えた
少し明るくなったところに庵が見えた
花にはまだ遠い桜の蕾の西行庵
私たちは暫くの時を佇みあたりを眺めていた


吉野は一人では行けないところ
それでも行きたい 
花の盛りに。




地下道にて



地下鉄乗りかえの長い地下道を歩いて行くと
私の脇をかすめて追い越して行く青年
黒い鞄を提げコートを翻して行く
急いで仕事に行くのであろう
私は自分の息子たちを想起した
すがすがしい風が吹き抜けてゆく


やがてその想いは去年就職した孫に変わる
機械工学を学んだ孫は家を離れ
会社に近いアパートに引越している
同じ都内でも遠いので滅多に帰って来ない
去年私の誕生日には給料から
ウェッジウッドのマグカップを贈ってくれた
私はずっとそれを使っている


私たちの青春は終戦から少しの間であった
未来を考える余裕さえ無く
なりゆきだけであったが
判断は自分であると考えた


ひとりひとりが歴史を担い
ひとりひとりが人生を持つ
走る電車の人に混り
我が家への距離を思っていた。



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